2011年の東日本大震災の直後、義援金などを被災地や被災された方の元に届けたいと、多くの人が日本赤十字社のWebサイトを訪れました。結果、アクセス量が膨大に膨れ上がりWebサイトはダウン。その復旧と義援金サイトの構築をサーバーワークスが行いました。
当時の日本赤十字社はどういった状況にあり、課題をどう解決したのか。また現在、防災、減災にも取り組んでいる日本赤十字社において、ITやクラウドをどのように活用しようとしているのか。日本赤十字社 総務局 財政部長(兼)情報セキュリティ対策本部長の西島秀一氏に、サーバーワークス 代表取締役社長の大石がお話を伺いました。
- ※この事例に記述した数字・事実はすべて、事例取材当時に発表されていた事実に基づきます。数字の一部は概数、およその数で記述しています。
目次
優先事項を解決するためにクラウドを採用
- 大石
- 東日本大震災から9年が経ちました。当時、日本赤十字社の災害対策部門で対応にあたられていた西島さんのお言葉を借りれば「非常なこと」がたくさん起きたと。今日はあのときのことを思い出しながら、お話を伺えればと思います。震災後に日本赤十字社のWebサイトへアクセスが集中しましたが、そのときの状況から教えていただけますか。
- 西島氏
- 発災が2011年3月11日の午後でした。直後、日本赤十字社では各方面での対応準備を行っていました。その頃はまだ、Webサイトへのアクセスはそれほど多くありませんでした。翌12日からどんどん電話が鳴り始めます。というのも、義援金やボランティアの問い合わせなどのために日本赤十字社のWebサイトへのアクセス数がどんどん増え、通常の40倍、ピークでは50倍に達し、Webサイトがダウンしてしまったからです。Webサイトに繋がらず必要な情報が得られなかったため、事務所に電話が殺到したわけです。当時はWebサイトの担当者が被災地におり、復旧の目処も立たないような状況でした。被災地には救援のための医療チームが赴き、本社では管理部門が問い合わせに多くの時間を費やして対応していたのです。
- 大石
- 通常の40倍、50倍のアクセスは想定されていなかったのですよね。
- 西島氏
- 想定していませんでした。それまでも災害はありましたが、そこまでのアクセスはありませんでした。発災後の週末に大津波の様子などが頻繁に報道されたことで不安が広がり、日本赤十字社にさまざまな問い合わせがあったのだと思います。
- 大石
- Webサイトがダウンし、その後、縁あってサーバーワークスにお声がけいただきました。そこからいきなりクラウドを使い復旧しましょうと提案をさせていただくのですが、「本当にクラウドは日本赤十字社が抱える課題の解決に役に立つのか?」という不安もあったでしょうし、クラウド導入まではかなり距離があったとも思います。その距離はどのようにして縮めたのでしょうか。
- 西島氏
- 恥ずかしながら、クラウドの知識はほとんどありませんでした。とはいえ一般の方々からの問い合わせから伝わってくる「被災された方を救いたい、一刻も早く救いの手を届けたい」という思いをなんとかしたい。そこで、震災前からお付き合いのあったシンクタンクの方に相談しました。この方はITシステムに詳しく、大石社長とも交流のある方でした。まずは義援金の受付をなんとかしたいと12日土曜日の夜遅くに相談し、13日の日曜日にはさまざまな提案をもらいました。そのなかにクラウドを使ったシステムの構築があり、クラウドを使ってWebサイトの復旧をするために大石社長に連絡して相談に乗ってもらったのです。
クラウドについて生半可な知識があれば、「義援金を扱うのにセキュリティは大丈夫か」などと悩んでしまったかもしれません。しかし当時はとにかくWebサイトをいかに迅速に復旧するかを考えました。そうすることで、支援をしてくださる方たちの思いにいち早く応えたい。優先すべき課題を真っ先に解決するために、サーバーワークスに提案をお願いしたのです。
日本はそもそも災害大国で、昨年は台風19号などの被害が、一昨年は西日本豪雨災害や北海道胆振東部地震などもありました。今まで経験したことのない災害にどう立ち向かうかは、日本赤十字社の活動の本質的なところを問われていると思っています。その際、何をまず優先するかを定めることが重要です。優先事項の解決手段にはさまざまなものがありますが、ITは1つの有効な手段だと考えています。
防災、減災のために大切なこと
- 大石
- 西島さんからお伺いしたお話で印象に残っているのが、「災害などは予見できない、従って今後も災害は起きその際に重要なのは災害のインパクトをどう最小化するかだ」ということです。そのために今取り組んでいる、日本赤十字社の防災・減災事業についてお聞かせください。
- 西島氏
- 東日本大震災の教訓から、発災直後からの救護だけでなく、事前の防災・減災の取り組みを本格的に開始しています。災害は絶対に起こります。日本には火山があり、地震も起きる。台風の通り道ですし、地球温暖化でさまざまな弊害も発生しています。津波が良い例ですが、東日本大震災の大津波は何百年に1度の規模であり、頻繁に起こるものではありません。いつくるかもわからない大津波から身を守るのに、防波堤の高さを何メートルにしておけば良いのかを考え出したらきりがありません。
災害が発生してしまうのは仕方がない。その日が来たときに被害を最小限に防ぐ。津波ならば、確実に逃げるようにする。そういった備えが重要です。それが東日本大震災の最大の教訓だと思います。防災・減災は習慣のようなものでもあるので、日常生活に溶け込んだ行動が必要だと考えています。 - 大石
- 東日本大震災の際に、サーバーワークスはボランティアでお手伝いさせていただきました。その際に西島さんが「大石さん、ボランティアではなく仕事として続けてもらいたい。災害対策は、最初はアドレナリンが出て頑張れるけれど、本当に大事なのは復興だ。それには企業による寄付などが重要になる。そのためには企業が利益を出し、寄付してもらう。ちゃんと利益を出して寄付を続けてください」とおっしゃったことがありますが、この言葉はとても印象に残っています。今、日本赤十字社で行っている防災・減災のプロジェクトにサーバーワークスも毎年寄付をしています。あのときの西島さんのお話があったからこそ続けられていることです。
- 西島氏
- 大石さんには本当に感謝しています。企業にとっては、長期的な利益が大事です。企業が儲かり続ける、それが企業にとって一番の命題でありそれで企業の価値が決まります。利益があるから雇用も維持され、社員の幸せも保障されるのです。儲かり続けるのは、企業にとって命題です。そのためには、地道なことを続ける必要もあるでしょう。それは日本赤十字社の地道な取り組みとも通じるものがあります。その共通点が何かといえば、世のため人のために真摯に取り組むということです。
企業が長期利益を出すことも、つき詰めて考えれば人のためです。IT企業であれば、技術を駆使して世の中の役に立っていることもあるでしょう。日本赤十字社は儲けることはありませんが、世のため人のためという根底は企業と同じです。企業は価値を高め、日本赤十字社は社会課題に取り組み災害からの回復力を高める。今、レジリエンス(立ち上がる力)という言葉が使われますが、レジリエンスを高めることがこれからは大事だと考えています。 - 大石
- 世のため人のためという言葉ですが、昔から日本では企業も社会のためになる、企業は社会の公器だと言われてきました。市場でもESG(環境、社会、ガバナンス)で社会に貢献できなければ長期的な成長は達成できないと認識され始めました。そういった流れが、社会の共通認識になりつつありますね。
- 西島氏
- 日本赤十字社でも医療チームを被災地に派遣し被災された方々を救うだけでなく、事前の防災・減災の活動のなかで、企業ともパートナーシップを結ぶようになりました。また他団体とも連携して地域課題、社会課題を解決する取り組みを始めています。さまざまな取り組みによって、パートナーシップの精神が根付いてきたなと感じています。
ITを防災・減災のためにどのように生かしていくべきか
- 大石
- 防災・減災といった我々がこれから取り組まなければならない課題に対し、ITが果たす役割、ITが貢献できそうなことはどのようなものだとお考えですか。
- 西島氏
- ITは、日々進化しています。今まで不可能だったことができるようになる。そういった可能性を秘めているものだと思っています。東日本大震災の教訓からいえば、義援金の受付システムという素晴らしいものをサーバーワークスに作ってもらいました。震災前は、義援金の受付はアナログなシステムでした。たくさんの方々から義援金のお申し出をいただき、それを人海戦術で対応してきたのです。
それが、ITシステムでより速く対応できるようになった。義援金には3大原則があって、そのひとつに「迅速性」があります(他は、「公平性」「透明性」)。義援金は救いたいという思いの結集であり、それをいち早く届けることが求められる。ITはそのための素晴らしい手段だといえます。熊本地震の際に、被災地の西原村では行政の持っている地域の方々のデータをクラウドに集約し、罹災証明を早期に発行できた事例もあります。私はITが防災・減災に、あるいは災害対策に資するものだと認識しています。日本赤十字社としても災害対策などにITを有効活用できると考えています。可能性はさまざまなところに広げられるとますます期待しています。 - 大石
- 当時の対応について、後悔というわけではないのですが、今の技術ならばこんなことができるなと思うことが1つあります。義援金申し込みの受付は、クラウドで実現できました。けれども電話での問い合わせ対応を上手く行う手段が当時はまだありませんでした。あのときは日本赤十字社に物理的にコールセンターを作り、出勤もままならないなか数十人もの方がそこで対応していました。今なら電話のシステムもクラウド化できますから、もう少し違うアプローチが可能なのだろう思います。
- 西島氏
- ITは日進月歩で、不可能を可能にします。ITは目的ではなく、あくまでも手段です。救いたいとの思いを、いち早く被災地、被災者の方々にお届けする。その際の最も有力な武器になるでしょう。ITの可能性はかなり大きいと思っています。それに期待し、わくわくしています。
- 大石
- 今、西島さんは日本赤十字社のITの統括をされていると聞いています。
- 西島氏
- 部署的にはIT推進の長を兼ねており、情報システムを統一しようと取り組んでいます。とはいえ、日本赤十字社ではITはまだまだ発展途上です。病院現場には電子カルテシステムがあり、それが先端を行っています。実運用といかに整合性を図るかが課題です。そして今、ITコストは厳しいものがあり、5年10年と長いスパンで取り入れる技術のメリットを考慮しなくてはなりません。長期スパンで見て、あのときの投資は正しかったのだと判断することが必要なのです。ITは今後もさらに進歩するので、地道にそのメリットを発信する必要もあります。これは内向けだけでなく、外に向かっても必要です。
- 大石
- それでは最後に、今後の展望について教えてください。
- 西島氏
- 赤十字のメッセージのひとつに、「人間を救うのは、人間だ。」というものがあります。日本赤十字社や病院といった抽象的な組織が救うのではなく、医師、ボランティアといった、赤十字に携わるそれぞれの人たちが思いを結集し組織を構成して、人が人を助ける。これは、そのストレートな思いが結集されたメッセージだと思います。
苦しんでいる方々を思いやる想像力がある方がイノベーターであると思っていますし、そのことを私たちは心に刻んで災害対策などに取り組んでいく必要があります。繰り返しになりますが、その際にはITが有効であり最高の手段です。そのためにも、サーバーワークスとは今後も一緒に取り組んでいきたいと思っています。 - 大石
- 今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
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